釜山・中区(チュング)中央洞(チュンアンドン)にある40階段は、路地の間に延びる一見ふつうの石段ですが、釜山の人々にとっては朝鮮戦争の時代を思い起こさせる象徴のような場所です。戦時中、避難民たちはこの一帯にバラックを建てて暮らし、この階段を苦労して上り下りしました。埠頭で働く労働者たちもこの道を行き来していました。今では階段と周辺の通りがテーマストリートとして整備され、旧市街の散策コースの一部になっています。
1950年に戦争が始まると、全国から押し寄せた避難民が釜山旧市街の丘に住みつきました。40階段の周りにはバラックがぎっしりと立ち並び、階段一帯は日用品を売り買いする市場の役割も果たしていました。避難の途中で離ればなれになった家族が「40階段で会おう」と約束の場所にしていた、という話も伝わっています。
戦争が終わったあとも、階段は旧市街の人々の生活道として残りました。1993年に階段の前に記念碑が建てられ、2004年ごろには、国民銀行中央洞支店から40階段を通って40階段文化館へ続く道が40階段文化観光テーマストリートとして整備されました。映画『インジョンサジョン ボルコッオプタ』(英題『Nowhere to Hide』)のオープニングシーンに登場したことで、さらに広く知られるようになりました。
1950年から1953年まで、釜山は大韓民国の臨時首都でした。政府機関と避難民が一度に押し寄せ、港に近い中央洞とその裏手の丘は、仕事や寝る場所を探す人々でごった返しました。40階段は、避難民や埠頭の労働者が身を寄せ合って暮らしていた町のまんなかにあったため、当時の人々の暮らしがそのまま通り過ぎていった場所なのです。今のテーマストリートの造形物や文化館の展示は、まさにその時代を記憶するためにつくられました。
訪問前に最新情報をご確認ください。