
Audio guide
Stop 11 of 12 · This sight is a stop on an audio walk
„The bell that locked the city with twenty-eight strokes and opened it with thirty-three.”
12 stops 150 min 5.9 km
毎年12月31日の真夜中になると、テレビ画面に映し出されるあの鐘楼が普信閣です。ソウルの鍾路(チョンノ)交差点に立つ2階建ての楼閣で、朝鮮時代には、ここの鐘の音に合わせて都城の門が開閉されました。「鍾路」という通りの名前も、この鐘に由来します。ビルに囲まれていますが、600年以上にわたってソウルの時を告げてきた場所です。
普信閣の場所に最初に鐘楼が建てられたのは、1395年(太祖4年)です。その後、火事と戦争で4回焼失し、8回にわたって建て直されました。1895年に高宗が「普信閣」という名前を下賜して、今の名前になりました。朝鮮戦争で大きく壊れたあと、1953年に再建され、今の建物は1979年8月にソウル市が建てた2階建ての楼閣です。現在掛かっている扁額の字は、1953年の再建時に李承晩(イ・スンマン)大統領が書いたものといわれています。
朝鮮時代の鐘は、1日に2回鳴らされました。明け方の4時ごろには33回(罷漏、パル)打って都城の門を開き、夕方には28回(人定、インジョン)打って門を閉め、通行を止めました。国家遺産の資料では、夕方の鐘の時刻は午後7時と紹介されていますが、別の資料では夜10時とあり、資料によって異なります。
旧・普信閣の鐘は、ずっと同じ場所にあったわけではありません。もとは円覚寺にあった鐘は1536年に崇礼門(スンニェムン)の内側へ移され、壬辰倭乱中の1597年には明礼洞(ミョンニェドン、今の明洞付近)の峠へ移されたのち、光海君の時代に鐘閣が復元されて、再び都心のまんなかに戻ってきました。鐘は時刻を知らせるだけでなく、火事のときに警報を鳴らすのにも使われたといいます。それだけ普信閣は、単なる建物ではなく、漢陽の人々の一日を動かす都市施設だったのです。