付岩洞は、仁王山(インワンサン)と北岳山の間の谷にある、ソウル鍾路区の町です。青瓦台(チョンワデ)に近く、長いあいだ軍事保護区域と開発制限区域に指定されていたおかげで、高い建物がほとんどなく、山裾に沿ってくねる路地や昔の別墅の跡がそのまま残っています。景福宮(キョンボックン)駅からバスで紫霞門(チャハムン)の峠を越えるだけで、漢陽都城の城門、朝鮮王族の別荘、詩人の丘まで、半日かけて歩いて見て回れます。
「付岩」は、この町にあった高さ約2mの岩「付き岩(プチムバウィ)」に由来する名前です。自分の年の数だけ石をこすり、手を離した瞬間に石が岩にくっつけば、息子を授かるという伝説があったといわれています。朝鮮時代には、都城の北西の門の外にある景色のよい谷だったので、王族や権力者たちが別墅(長く滞在する別荘)を建てました。世宗の三男である安平大君(アンピョンデグン)は、夢で見た桃源郷(ムルンドウォン)に似たこの場所に東屋・武渓精舎(ムゲジョンサ)を建てたと伝えられ、その夢を画家の安堅(アン・ギョン)が描いた絵が「夢遊桃源図」です。
紫霞門の峠には、1968年の1・21事態のとき、青瓦台へ向かう北朝鮮の武装ゲリラを阻んで亡くなった鍾路警察署長・崔圭植(チェ・ギュシク)の銅像が立っています。路地の奥には、小説家・玄鎮健(ヒョン・ジンゴン)が暮らした家の跡の標石もあります。1960〜70年代から続く製粉所や理髪店のあいだに、小さなカフェやギャラリーが入っていて、古い町の生活風景と新しい店がひとつに混ざり合っています。
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