昌慶宮(チャンギョングン)は、ソウル鍾路区にある朝鮮の宮殿で、塀一枚を隔てて隣り合う昌徳宮とともに「東闕」と呼ばれました。王室の目上の方をお迎えするために建てた宮殿なので、規模はこぢんまりしていますが、ソウルの宮殿の正殿のなかで最も古い明政殿と、1909年に建てられた大温室があります。夜9時まで開いているので、夕暮れどきに古宮を散策するのにも向いています。
この場所には、もともと1418年に世宗が即位し、上王の太宗をお迎えするために建てた寿康宮がありました。成宗は、貞熹王后、昭恵王后、安順王后の三人の大妃をお迎えするため、これを広げて1483〜1484年に昌慶宮を建てました。景福宮・昌徳宮とは違い、正殿が東を向くように配置されているのも特徴です。壬辰倭乱ですべて焼けましたが、光海君の時代の1616年に再建されました。昌慶宮は、粛宗が禧嬪張氏を処刑したことや、英祖が思悼世子を米びつに閉じ込めたことなど、大小の宮中の悲劇の舞台でもあります。1909年に日本は宮殿の中に動物園と植物園をつくり、1911年には名称を「昌慶苑」に貶めました。1983年に動物園と植物園をソウル大公園に移して、昌慶宮の名前を取り戻し、その後も復元が続けられています。
昌慶苑の時代の1922年に、日本は宮殿の中に数千本のサクラを植え、1924年から夜桜見物を開きました。宮殿が遊園地として使われていた時代の象徴だったわけです。1983年に復元が始まると、動物たちはソウル大公園に移され、サクラもすべて抜かれました。今は代わりに、手入れの行き届いた松林が宮殿を満たしており、春塘池の奥の花壇には、世界的な希少植物であるミソンナムをはじめ、この地に育つ植物400余種が集まっています。境内の八角七層石塔は、宝物に指定されています。
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