灰色の岩の峰が屏風のように重なり、そのあいだの宙に赤い吊り橋が一本かかっています。大芚山(テドゥンサン)は、忠清南道の論山(ノンサン)市・錦山(クムサン)郡と、全北特別自治道の完州(ワンジュ)郡にまたがる標高878mの岩山です。高くはないのに、ロープウェイと雲橋、鉄の階段のおかげで、短い時間でスリルのある岩稜の景色を楽しめる山で、古くから湖西(ホソ)と湖南(ホナム)を分ける自然の境界でした。
忠清道の地元の人々はこの山をハンドゥムサンと呼び、大芚山という名はこれを漢字に直したものです。完州側の38.1㎢が1977年に全北道立公園になり、論山・錦山側の24.54㎢は1980年に忠南道立公園に指定されました。
この山には、つらい歴史もあります。1894年、公州(コンジュ)の牛金峠(ウグムチ)の戦いで敗れた東学(トンハク)農民軍の一部は、大芚山の険しい岩場を頼りに、1894年12月中旬から翌年2月中旬までの70日あまり、日本軍に立ち向かいました。ここは完州 大芚山 東学農民革命戦跡地に指定されていて、三仙階段へ向かう道に標識があります。大芚山休憩所には、壬辰倭乱(イムジンウェラン、文禄・慶長の役)のときに日本軍の全州進入を食い止めた梨峙(イチ)の戦いの記念公園もあります。