光州の中心部の東、無等山北側の尾根の森の中に、周囲3.5kmにおよぶ古い山城が隠れています。武珍古城址は、統一新羅後期から高麗時代まで使われた城跡で、光州の古い名前「武珍(ムジン)」を冠しています。苔むした石の城壁に沿って登山道が続いており、軽い山歩き気分で、千年以上前の城郭を歩けます。
城は、無等山の北の支脈にある長源峰(チャンウォンボン、386m)を中心に、ザッコゲ峠の長台峰(チャンデボン、350m)と、第4水源地の内側の山の稜線に沿って楕円形に巡らされています。南北の長さ約1,000m、東西の幅約500m、周囲約3,500mと、かなりの規模です。山頂と谷をあわせて囲む**包谷式(ポゴクシク)**の山城です。
1988年と1989年の2回、全南大学校博物館が発掘調査を行いました。その結果、城は8世紀末〜9世紀初めに最初に築かれ、9世紀半ばに放棄されたあと、9世紀後半に再び築かれて12世紀まで使われたとみられています。城は1989年3月20日に光州広域市の記念物に指定されました。
「官」「国城」といった文字の入った瓦は、ここが官庁に関わる重要な城だったことをうかがわせます。ただ、朝鮮初期の『世宗実録』「地理志」に出てくる「武珍都督古城」と同じ城かどうかは意見が分かれ、都心を守る後方の山城とみる見解もあります。統一新羅と高麗時代の光州地域の城郭の姿を示す遺跡であるという点では、評価が一致しています。