喬桐島は、江華島(カンファド)の北西にある、北朝鮮の黄海道(ファンヘド)の地とわずか2.6kmしか離れていない国境の島です。朝鮮戦争のときに渡ってきた失郷民(故郷を失った人々)が、故郷の市場をまねてつくった大龍市場(テリョンシジャン)、朝鮮時代の水軍本営の名残である喬桐邑城、燕山君(ヨンサングン)の流刑地がひとつの島に集まっていて、「時間が止まった島」と呼ばれてきました。2014年に喬桐大橋が架かり、今ではバスや車で入れます。
喬桐島は、漢江(ハンガン)と臨津江(イムジンガン)が合流してできる祖江(チョガン)と、礼成江(イェソンガン)の河口が出会う道筋にあります。高句麗のときは高木根県(コモククンヒョン)、新羅の景徳王のときは喬桐県と呼ばれ、開城(ケソン)と漢陽につながる船路の要衝だったため、中国へ向かう使節が立ち寄る場所でもありました。朝鮮時代には、京畿・黄海・忠清の3道の水軍を指揮する統御営がこの島にありました。ソウルに近いのに海で隔てられた島だったので、王族の流刑地としてよく使われ、燕山君と光海君がここに流されて、燕山君はこの島で世を去りました。
もともと喬桐島は、大きな島3つと小さな島々が並ぶ群島でした。高麗時代から続いた干拓で島々がつながり、現在の姿になりました。朝鮮戦争のときには北側の住民3万人余りが船に乗ってこの島に避難し、戦後は国境地帯のため、民間人出入統制区域になりました。
喬桐島の家の軒下には、ツバメの巣がたくさんあります。失郷民たちは、南北を自由に行き来するツバメを故郷からのお客さんのように思い、そのため島の観光案内スペースの名前も「喬桐ツバメの巣」です。大龍里の村が運営する写真館「喬桐スタジオ」では、1960〜70年代の制服を借りて、白黒写真を撮れます。