新羅末の崔致遠が咸陽の太守だったとき、洪水を防ぐために川の堤に木を植えてつくったと伝わる森です。人がつくった森としては韓国でもっとも古いとされ、1962年に天然記念物に指定されました。今は2万本余りの木の間を散策路が通る咸陽邑の公園で、「千年の森」と呼ばれています。
統一新羅の真聖女王(在位887〜897)の時代、天嶺郡(今の咸陽)の太守だった崔致遠が、渭川(ウィチョン)の流れを変えて堤を築いたのち、木を植えたと伝えられています。当時、渭川は咸陽邑の真ん中を流れ、洪水が頻繁にあったのです。朝鮮時代の記録には、この森が**「大官林」**(テグァンニム)として出てきます。
はじめは一つの長くつながった森でしたが、洪水で真ん中が崩れ、上流側の上林と下流側の下林に分かれました。下林は荒れて痕跡だけが残り、上林だけが昔の姿を守っています。森が完全に二つに分かれた契機を、1936年の大洪水とする見方もあります。森の中には、1923年に崔氏の一族が崔致遠の功績を称えて建てた神道碑が立っています。
朝鮮時代に咸陽郡守を務めた金宗直(キム・ジョンジク)は、1474年に作った詩で、大官林の中で酒を飲むと、深まる秋の草木が玉の色に見えると詠みました。「大官」は郡守が政務を執った官衙を指す言葉なので、太守・崔致遠がつくった森だという伝承ともつながります。1923年には水害を防ぐ保安林に指定され、「渭川保安林」とも呼ばれ、1930年代から、住民が散歩する「上林公園」という名前が定着しました。
森の中には、崔致遠の神道碑のほかにも、大韓義士のハ・スンヒョンとキム・ハニクの記念碑、万歳記念碑、クォン・ソクト将軍の銅像といった近代の記念物が集まっていて、町の歴史もあわせて伝えています。消えた下林の跡地は2009年に下林公園として整備し直され、咸陽郡は、上林と下林を再び森でつなぐ復元事業を進めています。
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