荘陵(チャンヌン)は、江原道(カンウォンド)寧越(ヨンウォル)邑にある、朝鮮第6代の王・端宗(タンジョン)の墓です。叔父に王位を奪われて寧越に流された幼い王の物語と、後の災いを覚悟で遺体を収めた町の人の義理が、ともに残る場所です。1970年に史跡となり、2009年には朝鮮王陵のひとつとしてユネスコ世界遺産に登録されました。
端宗は、叔父の首陽大君(世祖)に王位を譲って上王になりましたが、復位の試みが失敗すると魯山君(ノサングン)に降格され、寧越の清泠浦(チョンニョンポ)に流されました。そして1457年、17歳のときに賜死(毒の杯)を受けて息を引き取りました。
後の災いを恐れて誰も遺体を収められずにいたとき、寧越の戸長(地方役人)厳興道(オム・フンド)がひそかに遺体を収め、今の場所に埋めました。このため荘陵は、王陵を漢陽から100里以内に置くよう定めた規定に従わない、首都圏の外にある唯一の朝鮮王陵となりました。
1516年に寧越郡守の朴忠元(パク・チュンウォン)が墓を探し出して初めて祭祀を行い、1580年には床石と長明灯、望柱石を立てました。1698年に粛宗が端宗という廟号を贈ったことで、墓もようやく荘陵という名前を得ました。