利川(イチョン)市街のまんなか、マンションの団地のあいだに、四角い池の安興池があり、その水辺に、色鮮やかな丹青の亭**(あずまや)愛蓮亭が立っています。朝鮮の王たちが、世宗大王陵(ヨンルン)に参拝した帰り道に立ち寄って休んだ場所で、名前は世祖・成宗の時代の宰相申叔舟**(シン・スクチュ)がつけたと伝えられています。赤い木の橋で池を渡りながら、ぐるりと一周するのにぴったりの、都心のオアシスです。
いつ最初に建てられたのかは、はっきりしません。朝鮮の文臣・任元濬(イム・ウォンジュン)が書いた「愛蓮亭記」には、利川府使の李世保(イ・セボ)が官衙の東軒の東に亭を建て、当時領議政だった申叔舟に頼んで、「蓮を愛する」という意味の愛蓮亭という名をもらった、と記されています。利川市は、このできごとを1474年(成宗5年)の再建とみており、資料によっては、それより前の1428年(世宗10年)に再建したという記録も伝わっています。亭の下の自然の湿地は、四角い池に整えられました。
愛蓮亭は、詩人たちの題材にもなりました。月山大君(ウォルサンデグン)、徐居正(ソ・ゴジョン)、金安国(キム・アングク)、趙偉、姜景叙、金鎮商などが、ここを詠んだ詩が今も伝わっています。王室との縁も深く、驪州(ヨジュ)の世宗大王陵(英陵)に参拝した王たちは、帰り道に愛蓮亭を訪れ、『朝鮮王朝実録』には、中宗がここで老人をもてなす宴「養老宴」を開いた記録があり、粛宗・英祖・正祖が訪れた記録も残っています。
昔の亭は、1907年の丁未義兵のとき、義兵を鎮圧していた日本軍が利川の町の483戸を焼き払った事件で、一緒に焼失したとみられています。現在の愛蓮亭は、1998年12月に利川市が再建したものです。利川市郷土遺跡第15号(1997年8月1日指定)で、利川を代表する九つの景勝地を選んだ「利川九景」にも入っています。
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