密陽(ミリャン)・三浪津(サムナンジン)の万魚山の中腹、黒っぽい岩の塊が川のように700m以上も流れ下るガレ場の上に建つ寺です。東海の龍王の息子について来た魚の群れが石になったという伝説から、これらの岩を万魚石(マノソク)、つまり「万匹の魚の石」と呼び、いくつかの石は叩くと金属のように澄んだ音で響きます。氷谷(オルムゴル)、表忠碑閣(ピョチュンビガク)とともに、密陽の三大神秘に数えられる場所です。
万魚寺は、46年に金官伽耶を建てた首露王(スロワン)の時代に創建されたという伝説があります。首露王の時代、毒龍と羅刹女が雷と雹を降らせて4年間農作物を荒らしたため、仏の説法でこれらを鎮め、そのとき感化された東海の魚や龍が山に集まり石になった、という話です。『三国遺事』にも、万魚山の岩に仏の影が映るという「魚山仏影」の話が載っています。新羅の時代には、王が仏事を行った場所と伝わり、1180年に再建したあと、1506年と1879年に改築しました。今の寺は、大雄殿と弥勒殿、三聖閣、僧坊などが集まった、こぢんまりした山寺です。