竹西楼(チュクソル)は、三陟(サムチョク)市内を抱くように流れる五十川(オシプチョン)の断崖の上に立つ楼閣です。松江 鄭澈(チョン・チョル)が『関東別曲』で詠んだ関東八景のうち、ほかの楼亭がみな海に面しているのに対し、竹西楼だけは川に面しています。高麗時代から詩人や画家が訪れ、2023年12月には密陽(ミリャン)の嶺南楼(ヨンナムル)とともに国宝に昇格しました。市街の真ん中にあるので、気軽に立ち寄れます。
高麗の明宗の時代に活躍した文人金克己(キム・グッキ、1148〜1209)がここの景色を詠んだ詩が残っているため、遅くとも12世紀には楼閣があったとされます。李承休(イ・スンヒュ)が1266年に西楼に登って詩を詠んだという記録もあります。当初は「西楼」と呼ばれ、14世紀後半から竹西楼という名が使われました。許穆(ホ・モク)は、東に竹藏寺(チュクチャンサ)という寺があり、その西にある楼閣という意味で名がついたと記しています。
朝鮮の1403年、三陟府使の金孝孫(キム・ヒョソン)が旧跡に正面5間で建て直し、1530年に南側へ1間、1788年に北側へ1間を足して、現在の入母屋屋根の姿になりました。そのため、中央の5間と両端の間は、柱の配列や天井、斗栱などの細部が互いに異なります。すぐ北には三陟都護府の客舎があり、今も周辺に官衙の跡が残っています。
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