崇礼門(スンニェムン)は、朝鮮の首都・漢陽(ハニャン)を囲む都城の南の正門で、一般には南大門(ナムデムン)と呼ばれています。ソウル駅と市庁のあいだのビルの森の真ん中に立っていて、ソウルの昔の都市構造を実感させてくれる場所です。2008年の火災で楼閣が崩れましたが、2013年に復旧を終え、ふたたび市民のそばに戻ってきました。
崇礼門は、1396年(太祖5年)に工事が始まり、1398年に完成して、1448年(世宗30年)と1479年(成宗10年)に改築されました。都城の門の名前は五行思想に従っており、南の門には「礼」の字が入っています。扁額の文字は、太宗の長男である譲寧大君(ヤンニョンデグン)が書いたと伝えられていますが、ほかの説も多くあります。崇礼門の扁額は縦にかけられていますが、風水で火の気を持つとされた冠岳山(クァナクサン)の火気を防ぐ意味があったという話が伝わっています。1907年、日本の皇太子の訪韓を理由に、崇礼門につながる城壁が取り壊され、その跡に道路や電車の線路ができました。このときから、一般の人は門を出入りできなくなりました。朝鮮戦争で生じた損傷を直すため、1961〜1963年に門を完全に解体して修理しましたが、このとき1479年にも大きな工事があったことが分かりました。1962年には国宝第1号に指定されました。1994年に美術家70人に尋ねたアンケートでは、ソウルのランドマーク1位に選ばれたこともあります。門は長いあいだ、道路の真ん中に島のように孤立していましたが、2003年に左右の城郭の一部が復元され、2005年に周辺に広場ができて、2006年に中央の通路が市民に開放されました。
2008年2月10日の夜、放火で始まった火は、消防士360人あまりが出動したにもかかわらず、真夜中を過ぎてふたたび燃え広がり、約5時間後に2階の楼閣を崩しました。石垣と1階の一部だけが残りました。復旧工事は2010年2月に始まり、2013年4月29日に終わって、5月4日にふたたび公開されました。
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