釜山(プサン)の「水営(スヨン)」という地名は、もともと水軍節度使営、つまり水軍の司令部を縮めた言葉です。水営区水営洞の水営史跡公園は、朝鮮時代に東南海岸の水軍を指揮した慶尚左道水軍節度使営(慶尚左水営)があった場所です。城は消えましたが、城門と古い木、祠堂、民俗芸術が残っていて、広安里(クァンアルリ)海水浴場から少し入るだけで、釜山のもうひとつの顔を見ることができます。
慶尚左水営は、朝鮮時代に東南海岸を管轄した水軍の軍営でした。後ろには金蓮山(クムニョンサン)、前には今の広安里の海が広がる場所で、軍事的にとても重要な拠点でした。今は城壁はほとんど残っておらず、城跡と関連する遺跡が公園の中に集まっています。城跡そのものは、釜山市の記念物に指定されています。
水営史跡公園は、歴史遺跡であると同時に、地元の人たちが毎日歩く公園でもあります。木が生い茂る小道が続き、真夏でも日陰が濃く、都心の中でひと息つける散歩の空間として、市民に親しまれています。遺跡の案内板に沿ってゆっくり歩けば、朝鮮水軍の基地、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の義兵、村の信仰と仮面劇まで、釜山の海辺の町のさまざまな時代に、一度に出会えます。