高城(コソン)郡杆城(カンソン)邑の海上里(ヘサンニ)と塔峴里(タッキョンニ)のあいだ、小さな小川の上に、一連の石のアーチ橋がかかっています。朝鮮時代に架けられた高城六松亭虹橋(宝物)です。長さ10.6mの小さな橋ですが、自然の岩盤をそのまま基礎にした技術と、整ったアーチのおかげで、朝鮮の石橋の造形美を間近で見られます。
正確な建立年代は分かっていません。近くの乾鳳寺(コンボンサ)の凌波橋(ヌンパギョ)とともに、1745年の乙丑の大洪水で崩れた記録があることから、凌波橋(1704年)と近い時期に架けられたと考えられています。ところが、1748年に刊行された『杆城郡邑誌』には、六松亭虹橋がいつつくられたのか分からないと記されており、凌波橋より古い可能性もあります。洪水のあとの1746年ごろに積み直されたと伝えられ、2002年に凌波橋とともに宝物に指定されました。
2つの橋は、どちらも自然の地形を生かした一連の虹蜺橋として、一緒に宝物になりました。乾鳳寺の大雄殿エリアと極楽殿エリアをつなぐ凌波橋は、長さ14.3m、幅3m、中央の高さ5.4mで、六松亭虹橋より大きいです。お寺の中の「凌波橋新創記碑」(1708年)に、1704〜1707年に初めて架けたと記されていて、建立年代と製作者が分かる珍しい橋です。1745年の洪水で崩れ、1749年に積み直され、1880年にまた崩れたときには、その石で大雄殿の石段と山映楼を積み直したといいます。同じ洪水を経験した2つの橋を並べて見ると、お寺の橋と村の道の橋の違いが見えてきます。