安城総合運動場の隣の芝生に立つ瓦屋根の家は、一見ふつうの韓屋のようですが、今に残る客舎建築のなかで最も古い建物です。高麗の恭愍王(コンミンワン)の時代、1363年以前に建てられ、学校の教室や図書館として使われながら二度も場所を移しましたが、屋根の下の木組みには、高麗末の大工の技が今もそのまま残っています。2021年に宝物に指定された安城客舎です。
客舎は、朝鮮時代の邑(ゆう)の官衙の中心となる建物です。中央の正庁には、王を象徴する殿牌を祀り、邑の長官が毎月の朔日と満月の日、旧正月、王の誕生日に、宮殿の方角に向かって拝礼しました。この儀式を望闕礼(マングォルレ)といいます。両脇の翼軒は、中央から下ってきた官吏が泊まる宿舎でした。安城客舎は、安城の古い名前にちなんで「白城館(ペクソングァン)」とも呼ばれました。
19世紀の邑誌には、正庁と東軒・西軒、中門と外門、使用人棟、亭の慶雲亭(キョンウンジョン)まで、いくつもの建物が記録されていますが、今は正庁と左右の翼軒だけが残っています。
移築の過程で、柱の下部が切られたり、柱の間隔が狭くなったりといった変形も生じましたが、建物の基本的な骨格と、屋根を支える木組みは、大きく変わっていません。
この建物の本当の見どころは、軒下です。正庁は、柱の上にだけ組物(斗栱)をのせる柱心包(チュシムポ)様式で、その組み方は、1308年に建てられた国宝・礼山(イェサン)修徳寺(スドクサ)大雄殿に似ています。