雉岳山(チアクサン)の北の谷沿いに続く金剛松の森の道を歩いて上ると、渓谷の脇の斜面に亀龍寺(クリョンサ)が現れます。このお寺の名前には、二つの伝説が重なっています。9匹の龍が棲んでいた池の話と、お寺の気運をふさいでいたという亀岩の話です。雉岳山に登る人がもっとも多く通る入口にあたるため、山歩きの前後に立ち寄りやすいお寺です。
伝説によると、668年に義湘大師(ウィサンデサ)がお寺を建てようとしたとき、今の大雄殿(テウンジョン)の場所は、9匹の龍が棲む深い池でした。龍たちが雨を降らせて山を水で満たすと、義湘は護符を1枚池に投げ入れ、水が干上がって龍たちは逃げていったといいます。そこで、数字の九の字を使って、お寺を九龍寺と名づけたと伝えられています。
朝鮮時代中期にお寺が衰えると、ある老人が「寺の入口の亀岩のせいだ。その急所を断ち切りなさい」と告げたといいます。岩の背に穴を開けたものの、お寺は衰退を続け、ついには亀の気運を呼び戻すという意味を込めて、名前を亀の字の亀龍寺に改めたと伝えられています。お寺の記録には、新羅末期に道詵国師(トソングクサ)が建てたという話もあります。
古い瓦から「康熙45年」の文字が見つかったことから、1706年(粛宗32年)にお寺を再建したことが分かります。大雄殿は2003年9月の火災で全焼しましたが、あらかじめ作成されていた実測報告書をもとに、もとの姿どおりに再建されました。
創建後は、道詵、無学(ムハク)、休静(ヒュジョン、西山大師)といった高僧たちが滞在し、亀龍寺は長いあいだ嶺西(ヨンソ)地方随一の名刹とされてきました。近年では、1966年に普光楼(ポグァンヌ)を解体して建て直し、1968年に尋劍堂(シムゴムダン)と僧坊、1971年に三聖閣(サムソンガク)を順に修理しました。いまの境内には、大雄殿を中心に、普光楼、寂黙堂(チョンムクタン)、尋劍堂、応真殿(ウンジンジョン)、国師壇(ククサダン)、梵鐘閣(ポムジョンガク)などが、渓谷の斜面に沿って段々に並んでいます。
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