慶州(キョンジュ)で新羅をしっかり理解したいなら、古墳や寺跡を見る前に、まずここへ寄ってみてください。国立慶州博物館は、約千年にわたって続いた新羅(紀元前57年〜935年)の遺物を最も多く集めた場所です。庭の一角の鐘楼に吊るされた聖徳大王神鐘(ソンドクテワンシンジョン)は、それだけで慶州まで足を運ぶ理由になるほど圧倒的です。
博物館のルーツは、1913年に地域団体が朝鮮時代の慶州府の官衙の建物に開いた陳列館です。1926年に朝鮮総督府博物館慶州分館となり、光復直後の1945年に国立博物館慶州分館として新たに出発しました。1975年に現在の場所へ移転する際に国立慶州博物館へ昇格しました。このとき、重さ18トン余りの聖徳大王神鐘を移す作業に多くの市民が参加し、慶州の大きな行事になったといわれています。
本館(現在の新羅歴史館)は建築家の李熙泰(イ・ヒテ)が設計したもので、柱を等間隔に立てた楼閣のような姿は、景福宮の慶会楼の影響を受けたものと見られています。1982年には、月池(雁鴨池)の出土品のための別館が、建築家の金寿根(キム・スグン)の設計で建てられました。
聖徳大王神鐘は、最初に奉徳寺(ポンドクサ)に掛けられたことから奉徳寺鐘とも呼ばれます。鐘を吊るす環は竜頭の形に彫られ、胴体の上下には花模様を刻んだ幅広の帯が巡っています。肩の下の4か所には、蓮の蕾9個ずつを四角い枠が囲んでおり、その下では2組の飛天像(空を飛ぶ人)が向かい合っています。鐘を撞く場所(撞座)は蓮の花の形で、胴体の前後には鐘をつくった経緯が刻まれています。鐘の口が花びらのように波打っているのも、この鐘ならではの特徴です。統一新羅の芸術が最も円熟したときにつくられた鐘なので、模様や彫刻のひとつひとつをゆっくり眺める価値があります。
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