月が昇ると、空にひとつ、海にひとつ、湖にひとつ、杯にひとつ、そして向かい合って座った人の瞳にひとつ。朝鮮の詩人・松江・鄭澈(チョン・チョル)は、鏡浦台で5つの月を見ると詠みました。江陵市街から北東へ約7km、鏡浦湖の北側の丘の上に立つこの楼閣は、数多くの詩人や士人が訪れた関東八景のひとつです。
鏡浦台は1326年(高麗・忠粛王13年)に朴淑(パク・スク)が初めて建てました。建てる際に、すでにもっと古い礎石や長台石が出てきたことから、それ以前からこの近くに東屋のような建物があったと見られています。最初は別の場所にあり、1508年に現在の場所へ移したと伝えられます。その後、何度も改修や拡張を重ねて姿が変わりましたが、こうした変化が記録にきちんと残っている点が高く評価され、2019年12月30日に宝物になりました。鏡浦台と鏡浦湖一帯は2013年に名勝にも指定されています。
鄭澈は「関東別曲」で鏡浦台を関東八景の第一に挙げ、朝鮮の太祖と世祖もここに登って景色を称えたといわれます。
1746年、江原道観察使の金尚星(キム・サンソン)は、画員たちに江原道の絶景を描かせて画帖「関東十景」をつくりました。そのなかの鏡浦台の絵は、高い所から見下ろす視点で描かれ、鏡浦台を境に分かれた内側の湖と外側の湖、釣りをする漁師と海上の日の出まで収めています。今の風景と見比べる楽しみがあります。
朝鮮初期の江原観察使・朴信(パク・シン)と江陵の妓生・紅粧(ホンジャン)の恋物語が、鏡浦台を舞台に伝わっています。徐居正(ソ・ゴジョン)の『東人詩話』に載っている逸話で、今も鏡浦湖周辺の物語として語り継がれています。
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