南楊州(ナミャンジュ)市 金谷洞(クムゴクトン)の洪陵と裕陵(ホンヌン・ユヌン)は、朝鮮王陵の中で最も遅く造られた二つの陵です。大韓帝国の皇帝・高宗(コジョン)と純宗(スンジョン)が眠る場所のため、ほかの王陵とは異なり明の皇帝陵の制度を取り入れており、参道の両脇に麒麟、象、獅子、ラクダなどの石獣が並ぶ姿は、ほかの朝鮮王陵では見られません。ユネスコ世界遺産「朝鮮王陵」に含まれています。
1910年に国権を奪われた後だったため、二人の皇帝の墓は法的には「陵」になれませんでしたが、皇室は明成皇后の洪陵、純明孝皇后の裕陵という名前をそのまま使い続けました。純宗が葬られた裕陵は、事実上、朝鮮王朝の王を祀る最後の王陵になりました。
1897年の大韓帝国の宣布後、皇帝の陵として格を高めるために、洪陵は明の太祖の孝陵の制度と朝鮮王陵の制度を組み合わせました。
敷地内には、英親王(ヨンチンワン、懿愍皇太子)と懿愍皇太子妃の永園(ヨンウォン)、李玖(イ・ク)皇世孫の懐仁園(フェイヌォン)、徳恵翁主墓、義親王墓、後宮たちの墓があります。大韓帝国の皇室一家の最後の物語が一か所に集まっているわけです。
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