万丈窟は、済州市旧左邑(クジャウプ)にある、長さ約7.4kmの溶岩洞窟です。拒文(コムン)オルム(岳、済州の火山性の小さな丘)から流れ出た溶岩が作った洞窟で、通路の幅は最大18m、高さは最大23mにもなる大きさから、世界的にも大きな溶岩洞窟に数えられます。落石事故のあと長く閉鎖されていましたが、2026年5月30日に再開し、今は公開区間のすべてに観覧デッキが敷かれて、ぐっと歩きやすくなりました。
万丈窟は、拒文オルム溶岩洞窟系を代表する洞窟です。すぐ隣の金寧窟(キムニョングル)とはもともと1つにつながっていましたが、洞窟の中を流れていた溶岩が途中をふさいだことで、2つに分かれたと見られています。金寧窟は、万丈窟の下流の端から約90m離れた、長さ約700mのS字形の洞窟です。2つの洞窟は1962年に「済州金寧窟と万丈窟」という名前で天然記念物になり、万丈窟はユネスコ世界自然遺産「済州火山島と溶岩洞窟」の中核をなす構成要素でもあります。区間によっては、通路が2層や3層に重なっているところもあります。
見学は第2入口から入り、約1kmの区間だけ歩けます。残りの区間は保護のため、公開が制限されています。
2023年12月29日、入口付近で天井の石が落ちる事故が起きてから、万丈窟は全面的に立入が規制されました。済州道は121億ウォンをかけて公開区間のすべてにデッキを敷き、落石の危険が高い場所の安全設備を補強しました。照明も明るさを抑えたLEDに替えましたが、これは光によってコケのような緑色の汚染が広がるのを減らすためです。入口の階段さえ下りれば、ベビーカーも通れるほど床が平らになりました。
万丈窟を世に知らせたのは、金寧国民学校の教師夫鍾休(プ・ジョンヒュ、1926〜1980)です。彼は1946年、生徒30人余りで子ども探検隊を結成し、ろくな装備もなく、わらじと松明を頼りに洞窟を調査しました。2026年は彼の生誕100周年であり、発見80周年にあたるため、再開の意味がいっそう大きくなります。入口には、夫鍾休と子ども探検隊を称える造形物があります。
万丈窟には、洞窟の途中の天井が崩れてできた入口が3か所あります。見学者が入れるのは南向きの第2入口だけで、第1入口と第3入口側は公開されていません。第3入口側は、洞窟の生き物が暮らすのに最も良い環境とされています。拒文オルム溶岩洞窟系の中で、万丈窟は生息する生物が最も多い洞窟とされています。済州洞窟グモなどの洞窟生物が暮らし、第2入口の上方には少なくとも3万匹のユビナガコウモリが集まって暮らしていることが、調査で分かりました。国内で確認されたコウモリの集団の中で最大の規模です。見学中にライトを当てたり大きな音を出したりしてはいけないのは、そのためでもあります。
非公開区間は普段入れませんが、済州世界遺産祝典のようなイベントの際に、人数を限って探訪プログラムが開かれることもあります。関心のある方は、祝典の日程を事前に確認してみてください。