洛山寺(ナクサンサ)は、新羅の義湘(ウィサン)が671年に東海の海辺の五峰山(オボンサン)に建てたお寺で、観音菩薩が住むと信じられてきた、韓国を代表する観音の聖地です。波が打ちつける崖の上の庵紅蓮庵と、日の出の名所義湘台が同じ境内にあり、海とお寺がこれほど近くに寄り添う場所は珍しいといえます。古くから関東八景のひとつに数えられてきました。
寺の名前は、観音菩薩が住むという「補陀落迦山(ポタラカ)」を縮めた「洛山」に由来します。義湘が海辺の洞窟で祈っているときに観音菩薩に出会い、寺を建てる場所を知ったという話が伝わっています。洛山寺は何度も焼失しました。高麗時代にモンゴルの侵入で失われたのち、1467年に朝鮮の世祖の命で大規模に再建され、このとき七層石塔が建てられました。朝鮮戦争でも再び焼け**、2005年4月には襄陽の山火事が境内に燃え広がり、堂塔のほとんどが1日で焼け落ちました。資料によって20棟または21棟の建物が失われたと伝えられています。その後数年かけて復元され、金弘道が1778年**に描いた「洛山寺図」を参考に、昔の配置が再現されました。
洛山寺には、義湘とともに元暁(ウォニョ)にまつわる話も伝わっています。元暁が洛山寺へ向かう道で出会った女性が観音菩薩だと気づけず、寺に着いても観音菩薩が住むという洞窟に入れなかったという話です。観音信仰の聖地として、洛山寺は江華(カンファ)の普門寺(ポムンサ)、南海(ナメ)の菩提庵(ポリアム)とともに、韓国三大観音聖地に数えられます。義湘台は、『関東別曲』を著した松江(ソンガン)鄭澈(チョン・チョル)が関東八景のひとつに挙げた場所でもあります。
2005年4月5日に襄陽で始まった山火事は、いったん収まったように見えましたが、午後に強風にあおられて再燃しました。午後3時30分ごろに洛山寺側の防火線が破られ、火が広がってから1時間もたたないうちに、ほとんどの堂塔が焼け落ちました。その後、国の支援により、円通宝殿と虹霓門が2007年に、賓日楼(ピニルル)が2009年に再建されるなど、復元が続けられました。
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