筆巌書院(ピラムソウォン)は、朝鮮中期の性理学者河西 金麟厚(ハソ・キム・インフ、1510〜1560)の学問と徳をたたえるために建てられた書院です。金麟厚は湖南地方の出身者として唯一、文廟に祀られた人物であるため、この書院は長いあいだ湖南儒学の中心とされてきました。2019年には、陶山書院(トサンソウォン)、紹修書院(ソスソウォン)などとともに、「韓国の書院」9か所のひとつとしてユネスコ世界遺産に登録されました。広い野原の真ん中の平地にあるので、塀の中の配置をひと目で読み取りやすい場所です。
1590年、金麟厚の弟子たちが、彼の故郷に近い長城の箕山里(キサンニ)に書院を建てましたが、1597年の丁酉再乱で焼けてしまいました。1624年に地元の儒学者たちが場所を移して再建し、1662年に顕宗(ヒョンジョン)が「筆巌書院」という名前を自ら書いて下賜したことで、賜額書院となりました。低い土地で洪水の被害を受けたため、1672年に現在の場所へ移され、村の名前もこのとき筆巌里になりました。
「筆巌」という名前は、金麟厚の故郷の村の入口にある筆のような形の岩にちなんだといいます。興宣大院君(フンソンデウォングン)の書院撤廃令のときにも取り壊されなかった全国47の書院のひとつであり、日本統治時代や朝鮮戦争でも大きな被害を受けなかったため、昔の姿をよく残しています。1975年に史跡に指定されました。
長城には「文では長城に及ぶところなし(文不如長城)」という言葉が伝わっており、そのルーツがまさにこの書院だといわれています。2010年には、書院の隣に、儒学者の体験と漢学教育のための生涯教育センター「集成館」もオープンしました。
筆巌書院は、学びの空間を前に、祭祀の空間を後ろに置く前学後廟(チョナクフミョ)の配置に忠実にしたがっています。
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