ソウル恩平区(ウンピョング)の北漢山(プカンサン)西麓にある津寛寺(チングァンサ)は、高麗の顕宗が1011年、自分の命を救ってくれた津寛大師に報いるために建てたお寺です。朝鮮時代には国が行う水陸斎の中心道場となり、2009年には七星閣を修理していたところ、壁の中から3・1運動のころの太極旗が見つかりました。地下鉄の駅から遠くないのに渓谷と森に囲まれ、ソウルで山寺の雰囲気を味わうのにぴったりの場所です。
顕宗は即位前、大良院君(テリャンウォングン)と呼ばれ、彼を亡き者にしようとする勢力から逃れて、この山中の寺に身を隠しました。このとき津寛が仏壇の下に穴を掘り、12歳の大良院君を隠して守ったと伝えられます。王となった顕宗はその恩に報いようと大きな寺を建て、僧の名にちなんで津寛寺と名づけました。高麗の王たちがたびたび訪れた寺で、朝鮮の太祖は1397年にここに59間規模の水陸社を建てさせ、祖先や亡くなった人々の魂を慰める水陸斎を営ませました。その伝統を受け継ぐ津寛寺水陸斎は、2013年に国家無形遺産になりました。
朝鮮戦争の爆撃で大雄殿をはじめ多くの堂宇が失われ、寺は1960年代から再建されてきました。幸い、羅漢殿、七星閣、独聖殿は戦火を免れ、朝鮮時代の姿を保っています。2009年5月、七星閣を解体して修理していたところ、仏壇と壁の間から太極旗や独立新聞などがまとまって見つかりました。この太極旗は日章旗の上に墨で太極と四卦を描き重ねたもので、いっそう胸に迫るものがあります。一緒に出てきた新聞の発行時期から、1919年の3・1運動の直後のものと考えられ、独立運動に身を投じた白初月(ペク・チョウォル)和尚が隠したものとみられています。現在は宝物に指定されています。
寺の下から一柱門へ続く道には、この僧の名を冠した白初月道(ペク・チョウォルギル)があります。太極旗とともに見つかった新聞は2021年にひとまとめにして宝物に指定されました。境内では七星閣の建物を探して、その物語に思いをはせてみてください。
津寛寺は精進料理で広く知られたお寺です。香積堂(ヒャンジョクタン)には精進料理を研究し教える空間があり、外国人向けの講座やイベントも開かれます。テンプルステイのプログラムも運営されているので、一晩泊まって礼拝や供養の食事を体験したい方は、事前に申し込んでみてください。
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