ギフトのアイデア: 大切な場所の地図ポスター · ₩9,900からデザインする →
本文へスキップ
tripto.guide

韓国の観光スポットと見どころ

史跡から山道まで、ぜひ訪れたい場所を探しましょう。

1021 か所
地図
ヘイリ芸術村

古い街並み・広場

ヘイリ芸術村

파주시

坡州(パジュ)の統一園の麓、画家や建築家、作家、音楽家が自ら土地を買って家とアトリエを建てた村がヘイリ芸術村です。会員の芸術家は約380人にのぼり、韓国最大規模の芸術家村として、美術館や博物館、ギャラリー、公演場、書店が低い建物の間に点在しています。歩きながら気に入った扉を開けて入る、そんな過ごし方で1日を楽しめます。 歴史:本の村の構想から芸術村へ ヘイリは1997年、近くの坡州出版都市とつながる「本の村」として最初に構想されました。そこに多くの芸術家が加わって文化芸術の…

180–240 分
挟才海水浴場(ヒョプチェヘスヨクジャン)

海岸・島

挟才海水浴場(ヒョプチェヘスヨクジャン)

제주시

済州島(チェジュド)西部、翰林邑(ハンリムウプ)挟才里(ヒョプチェリ)にある海岸で、白い砂浜と浅く澄んだ海、すぐ目の前の海に浮かぶ島飛揚島(ピヤンド)が一枚の風景に収まる場所です。水が浅く傾斜がゆるやかなので、子ども連れの水遊びに向いており、浜辺の後ろの松林で日陰も見つかります。済州西海岸を旅するときに、日程に組み込みやすい海岸です。 浜辺の様子 浜辺は長さ約1,100m、幅30〜90mです。砂に貝殻の粉が多く混じっているため特に白く、ところどころに黒い玄武岩が顔を出してい…

60–240 分
ヘウォンの家(『リトル・フォレスト』ロケ地)

その他

ヘウォンの家(『リトル・フォレスト』ロケ地)

군위군

野原のはずれ、低い山の麓に、石垣をめぐらせた古い瓦屋根の家が一軒あります。映画『リトル・フォレスト』(2018)で、主人公のヘウォン(キム・テリ)が都会暮らしをやめて戻り、四季を過ごした家です。セットではなく本物の田舎の家で撮影され、台所や縁側、庭が映画の場面のまま残っているので、映画を観た方ならどの場面かすぐに分かります。 セットではなく、築70年の家 イム・スンレ監督は、セットでは人のぬくもりが感じられる空間を作りにくいと考え、本物の家を探しに出ました。制作チームは最初…

20–45 分
恵化門(ヘファムン)

史跡

恵化門(ヘファムン)

서울특별시

大学路(テハンノ)の北の端、恵化洞(ヘファドン)ロータリーから城北洞(ソンブクトン)へ越える峠道のそばの丘の上に、小さな城門が立っています。漢陽都城(ハニャンドソン)の四つの小門のひとつである恵化門、通称東小門と呼ばれた門です。北の正門である粛靖門(スクチョンムン)が長いあいだ閉ざされていたため、実際にはソウルから北へ旅立つ人がもっとも多く出入りした門でした。現在の姿は1994年に復元されたものですが、天井の鳳凰の絵や、よみがえった昔の扁額など、見ごたえのあるところがたくさ…

20–90 分
虎龍谷山(ホリョンゴクサン)

山

虎龍谷山(ホリョンゴクサン)

인천광역시

仁川国際空港から車で30分余り、舞衣島(ムイド)の南にそびえる虎龍谷山(ホリョンゴクサン)は、高さ244m前後の低い山です(資料によっては247m)。それでも島で最も高い峰なので、頂上に立つと四方が海で、晴れた日には仁川港と仁川国際空港が手に取るように近く見えます。岩の稜線と西海の眺めのおかげで、「西海のアルプス」というあだ名もつきました。 舞衣島という島 舞衣島(ムイド)という名前は、霧のかかった日の島の姿が、将軍の衣のすそがひらめくように見えたことに由来すると伝わってい…

120–240 分
虎尾串(ホミゴッ)

海岸・島

虎尾串(ホミゴッ)

포항시

朝鮮半島を虎にたとえると尻尾にあたる場所、浦項(ポハン)の長鬐(チャンギ)半島の先にあるのが虎尾串(ホミゴッ)です。朝鮮半島の陸地で最も早く日が昇る場所のひとつとされ、毎年1月1日には初日の出を拝む人でにぎわいます。海上にそびえる巨大な手のモニュメント相生の手(サンセンの手)と、国内で最も高い虎尾串灯台があります。 歴史:虎の尻尾という名前 虎尾(ホミ)は「虎の尻尾」という意味です。かつては長鬐串(チャンギゴッ)、長鬐岬、東外串などと呼ばれており、2001年12月に正式な地…

60–120 分
弘大(ホンデ)

都市

弘大(ホンデ)

서울특별시

弘大(ホンデ)は、ソウル市麻浦区(マポグ)の弘益大学校(ホンイクデハッキョ)の前を中心に、弘大入口駅、上水(サンス)駅、合井(ハプチョン)駅の間に広がる繁華街です。正式な行政地名ではなく、学校名を略した呼び名ですが、1990年代にインディーズ音楽とストリートアートがこの地で育ったため、今もソウルで最も若い街のひとつに挙げられます。昼は路地の店やカフェを、夜はバスキングやライブ公演を目当てに訪れる人が多いです。 歴史:チャンダリから弘大へ この一帯はもともとチャンダリ(細橋里…

120–240 分
洪城 旌忠祠(ホンソン・チョンチュンサ)

史跡

洪城 旌忠祠(ホンソン・チョンチュンサ)

홍성군

壬辰倭乱(文禄・慶長の役)のさなかに起きた李夢鶴(イ・モンハク)の乱を鎮圧した武臣、任得義(イム・ドゥグィ、1558〜1612)の肖像画と位牌をまつる祠です。洪城(ホンソン)の西部面の青龍山(チョンニョンサン)のふもとで、将軍の墓、神道碑とともにひとつの墓域をなしていて、功臣の家門の記憶を一か所で見られます。 任得義とはどんな人? 任得義は、平沢任氏の出身で、朝鮮中期の武臣です。壬辰倭乱が長引き、戦争と凶作に疲れた民心が揺れていた1596年(宣祖29年)7月、李夢鶴が忠清道…

20–45 分
弘智門および蕩春台城(ホンジムン・タンチュンデソン)

城郭・要塞

弘智門および蕩春台城(ホンジムン・タンチュンデソン)

서울특별시

洗剣亭(セゴムジョン)へ向かう道の途中、弘済川(ホンジェチョン)の上に、5連アーチの水門と楼閣のついた城門が並んで立っています。弘智門(ホンジムン)と、その城壁である蕩春台城(タンチュンデソン)は、漢陽都城と北漢山城(プッカンサンソン)の間のすき間をふさぐために、朝鮮後期に築かれた防衛線です。車が行き交う道端にありますが、川辺に下りると、朝鮮の首都防衛体制を目の前で見られます。 歴史:二つの城をつなぐ城 壬辰倭乱(文禄・慶長の役)と丙子胡乱で都城が陥落した経験は、朝鮮王室に…

20–120 分
洪川 水唫寺(スタサ)

寺院・教会

洪川 水唫寺(スタサ)

홍천군

洪川(ホンチョン)の孔雀山(コンジャクサン)の麓、広い岩と澄んだ淵が続く渓谷の入口に、水唫寺(スタサ)があります。嶺西(ヨンソ)内陸でも指折りの古刹で、朝鮮後期の大寂光殿や、泥で作った四天王像、世宗の時代に刊行された『月印釈譜』といった宝物が伝わっています。寺を見たあと、渓谷の散策路や生態の森まで続けて歩けるので、春川(チュンチョン)や洪川の旅の途中に半日立ち寄るのにぴったりです。 歴史:日月寺から水唫寺へ 寺の起源については、資料によって少しずつ異なります。新羅の聖徳王7…

60–180 分
洪川郷校(ホンチョンヒャンギョ)

史跡

洪川郷校(ホンチョンヒャンギョ)

홍천군

洪川(ホンチョン)の町なか、希望里(ヒマンニ)の丘にある洪川郷校(ヒャンギョ)は、3回場所を移し、一度は戦争で焼けた学校です。入口の2階建ての門楼・石花楼(ソクファル)を抜けると、明倫堂(ミョンニュンダン)と、石垣の上にある大成殿(テソンジョン)の区域が続き、丘の上なので洪川の町や周囲の山を見下ろせます。現在の建物の多くは韓国戦争の後に再建されたものですが、400年近く同じ場所を守ってきた郷の学校の配置は、そのまま残っています。 郷校とはどんなところ? 郷校は、朝鮮時代に国…

20–30 分
華渓寺(ファゲサ)

寺院・教会

華渓寺(ファゲサ)

서울특별시

華渓寺(ファゲサ)は、北漢山(プッカンサン)の南東の麓、ソウル江北区(カンブクク)水踰洞(スユドン)の住宅街のすぐ上にある曹渓宗のお寺です。地下鉄の駅から歩いて行けるほど都心に近いのに、森と渓谷がお寺を包んでいます。1933年にハングル学者たちがここに滞在してハングル正書法統一案を練り上げ、崇山(スンサン)和尚が始めた国際禅院のおかげで、外国人僧侶が修行するお寺としても知られています。 普徳庵から華渓寺へ お寺のルーツは、高麗の光宗(在位949〜975年)の時代に、法印大師…

60–90 分
和談の森(ファダムスプ)

庭園・公園

和談の森(ファダムスプ)

광주시

京畿道 広州(クァンジュ)市、昆池岩(コンジアム)リゾートの裏の谷にある樹木園和談の森(ファダムスプ)は、秋の紅葉シーズンになると、入場券があっという間に売り切れる場所です。魯姑峰(ノゴボン)の麓のもとの地形と森を最大限に生かして16のテーマ園を整え、約5kmの散策路全体をなだらかな勾配に造ったため、ベビーカーや車いすでも見て回れます。 歴史:会長の号から来た名前 和談の森は、LG常緑財団が公益事業として造成・運営している樹木園です。名前の「和談」は「仲よく話を交わす」とい…

120–180 分
花郎の丘(ファランのおか)

山

花郎の丘(ファランのおか)

경주시

慶州(キョンジュ)市街からはるか西へ行った山内面(サンネミョン)、檀石山(タンソクサン、827.2m)の南の斜面に、広い草原が広がっています。古い松がまばらに立つ芝生の丘と山あいの貯水池、断崖の先にある瞑想岩が織りなす花郎の丘です。新羅の遺跡が集まる市街とはまったく違う、山の上でひと息つく慶州に出会えます。 花郎の山、檀石山 檀石山は、金庾信(キム・ユシン)が花郎だった頃にここで修行し、剣で岩を断ち割ったという話が伝わる山です。名前そのものが「岩を断った山」という意味で、丘…

60–120 分
花石亭(ファソクチョン)

史跡

花石亭(ファソクチョン)

파주시

坡州(パジュ)の栗谷里(ユルゴンニ)、臨津江(イムジンガン)沿いの崖の上に建つ朝鮮時代の東屋です。栗谷・李珥(イ・イ)の一族が代々手入れをしてきた場所で、李珥が8歳のときにこの東屋に登って作ったという詩が、今も内側に掛かっています。東屋の板の間に立つと、すぐ下を臨津江が大きく蛇行して流れ、川の向こうは北朝鮮に近い国境地帯です。 栗谷一族の東屋 花石亭は、1443年(世宗25年)に李珥の5代前の祖先である李明晨(イ・ミョンシン)が、高麗末期の学者・吉再(キル・ジェ)が住んでい…

20–45 分
華城 古亭里 恐竜の卵化石産地(ファソン コジョンニ)

自然

華城 古亭里 恐竜の卵化石産地(ファソン コジョンニ)

화성시

始華湖(シファホ)の南、どこまでも広がる葦原のあいだに、赤い岩の島々がそびえています。この岩から恐竜の卵の化石がたくさん見つかり、今は木のデッキの道を歩きながら本物の卵の化石をのぞき込めます。始華湖の防潮堤ができるまで潮が出入りしていた干潟だった場所なので、恐竜の痕跡と消えた海の痕跡を一度に見られる、特別な散策路です。 海が退いて姿を現した巣 この地層は、中生代白亜紀、約8,300万〜8,500万年前に積もった堆積層です。始華湖の干拓地ができる前は島だった6〜7か所の岩場で…

60–120 分
華城 龍珠寺(ヨンジュサ)

寺院・教会

華城 龍珠寺(ヨンジュサ)

화성시

龍珠寺は、朝鮮の正祖(チョンジョ)が、無実の罪で亡くなった父思悼世子(サドセジャ)の魂を慰めるために再建したお寺です。思悼世子の墓である隆陵(ユンヌン)を守り、祭祀を助ける「陵寝寺刹」だったため、山寺でありながら宮廷建築の名残があちこちに残っています。華城の隆陵・健陵(コンヌン)から近く、正祖の孝心をたどる1日コースにまとめやすいお寺です。 歴史:廃墟となった葛陽寺から、孝の寺へ この場所にはもともと、854年、新羅の文聖王の時代に建てられた葛陽寺(カリャンサ)がありました…

60–90 分
華城 隆陵(ユンヌン)と健陵(コヌン)

史跡

華城 隆陵(ユンヌン)と健陵(コヌン)

화성시

隆健陵(ユンゴンヌン)は、悲劇的な最期を遂げた思悼世子(サドセジャ)と、その息子の正祖(チョンジョ)が並んで眠る朝鮮王陵です。父を亡くした息子が王となったのち、父の墓を吉地に移し、自分もその傍らに葬られることを望んだ――そんな物語が、森の中の二つの陵に息づいています。鬱蒼とした松とナラの林の間を散策路が続いており、水原華城(スウォンファソン)と組み合わせた日帰り旅行にぴったりです。 歴史:息子が移した父の墓 思悼世子(1735〜1762年)は父・英祖(ヨンジョ)の命により米…

60–120 分
和順 開天寺(ケチョンサ)のカヤの森

自然

和順 開天寺(ケチョンサ)のカヤの森

화순군

和順(ファスン)郡春陽面(チュニャンミョン)にある小さなお寺開天寺の周りには、一年中緑のカヤ(韓国語でビジャナム)の森が山裾を覆っています。1年にほんの少ししか育たない木なのに、開天山(ケチョンサン)と天台山(チョンテサン)の麓まで広く分布し、カヤの森としては規模も生育状態もすぐれていると評価されています。千仏千塔で有名な雲住寺(ウンジュサ)から4kmあまり離れた、静かな森です。 お寺で植えた木が森になるまで この森は、昔、開天寺の僧侶たちがお寺の周りに植えたカヤが、種を広…

45–90 分
和順 支石墓(コインドル)遺跡

史跡

和順 支石墓(コインドル)遺跡

화순군

和順(ファスン)郡の道谷面(トゴンミョン)孝山里(ヒョサンニ)から春陽面(チュニャンミョン)大新里(テシンニ)へ越えるポゴムジェ峠の両側の谷、約5kmの区間に、支石墓(ドルメン、韓国語でコインドル)596基が点在しています。ここが特別なのは、支石墓だけでなく、蓋石を切り出した採石場まで残っているからです。石を切り出し、運び、墓として据えるまでの過程を、ひとつの谷でたどれる場所はめずらしいです。2000年12月、高敞(コチャン)・江華(カンファ)の支石墓遺跡とともにユネスコ世…

60–240 分
和順 雙峰寺(サンボンサ)

寺院・教会

和順 雙峰寺(サンボンサ)

화순군

和順(ファスン)の梨陽面(イヤンミョン)の静かな山あいにたたずむ千年の古刹で、三層の木塔のような独特の大雄殿と、国宝の澈鑑禅師塔(チョルガムソンサタプ)で知られるお寺です。統一新羅の僧塔のなかでも屈指の傑作とされる澈鑑禅師塔は、石を木のように扱った繊細な彫刻で有名です。お寺は小さいですが、大雄殿と僧塔だけでも、わざわざ訪ねる理由が十分にあります。 澈鑑禅師・道允と寺の歴史 雙峰寺(サンボンサ)がいつ最初に建てられたかは、はっきりしていません。谷城(コクソン)の泰安寺(テアン…

45–90 分
和順 雲住寺(ウンジュサ)

寺院・教会

和順 雲住寺(ウンジュサ)

화순군

雲住寺(ウンジュサ)は、和順(ファスン)の天台山(チョンテサン)の西側の谷間にあるお寺です。ふつうのお寺のように大きな本堂を見に行くところではなく、谷底と両側の尾根の岩のあちこちに散らばる石仏と石塔を探しながら歩く場所です。素朴で飾り気のない顔の石の仏さまや、球のように丸い塔、円盤を重ねたような塔が、ほかのお寺ではなかなか見られない風景をつくっています。地面に横たわったまま残る臥仏は、雲住寺を代表する顔です。 歴史と伝説 お寺がいつ、誰によって建てられたのかは、はっきり知ら…

60–150 分
花岩洞窟(ファアムドングル)

洞窟

花岩洞窟(ファアムドングル)

정선군

旌善(チョンソン)郡 花岩面(ファアムミョン)の花岩洞窟(ファアムドングル)は、金を採っていた鉱山の坑道と天然の石灰岩洞窟が、ひとつの見学路でつながっている場所です。1934年に金鉱の坑道を掘っていたところ、巨大な石灰洞窟が姿を現し、今では鉱夫たちの作業の様子を再現した坑道を抜けて、白い石筍と石柱がそびえる大きな洞窟広場へ下りていきます。見学路の全長は1,803mです。 金鉱から洞窟へ この一帯は、1922年から1945年まで金を採っていた天浦鉱山(チョンポ鉱山)でした。鉱…

90–120 分
火旺山(ファワンサン)

山

火旺山(ファワンサン)

창녕군

昌寧(チャンニョン)の町の東にそびえる標高756mの山で、山頂部の広い平原は、秋には銀色のススキ、春にはツツジに覆われます。その平原を周囲約2.6kmの石の城火旺山城が囲んでいて、山の上に城郭とススキの原がともに広がる、めずらしい風景を見られます。1984年に郡立公園に指定されました。 火の山と三つの池 名前の「火」のとおり、火旺山はずっと昔は火山だったと伝えられています。山頂の平原にある三つの池(龍池)が昔の噴火口の跡だという話も伝わっています。向かいの観龍山(クァンリョ…

180–300 分